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田無日記

映像編集者 1977年生まれ

現在の卒業式が、25年前の自分の頃の卒業式と、ほとんど寸分違わなかったということに、伝統うんぬん以前に、寒気がする。

変わろうよ。

 

これだけ、世の中が変わってきても、式の形式を変えずにおくことにどれだけの意味があるんだろう。

そして、なにより、式ってすべてが表面的で形式的で、むしろ、本当にめでたいことなのか、なんなのか、分からなくなる。

だって、毎年ずっと同じようなことをしてるだけなんだから、毎年だれが、どんな子たちが、卒業しようが、一緒ってことでしょう。

毎年、同じような集団として扱われ、次に送りだされるにすぎない、そんな式になんか、有意義な何かを感じられるのかしら。 

 

 

といっても、泣いてる女の子とかいたから、いいのかね、節目ということだけでも。

個々人には、それぞれに違う式の響き方があるのかしら。 

ぼくは、なにか進行や決まりのある式というものが、個人的には嫌いなだけなんだろうけれど。

 

ほんと、どんな式も、式は式にすぎない、形骸であるように思われて仕方ないのであります。