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田無日記

映像編集者 1977年生まれ

とにかく撮る、とりあえず、撮れない状況

映像業の人がちゃんとイメージや映像から発想して、作品を作っているかというと、全然そんなことはなくて。文字での構成ありき、結論を書いて、それから映像を撮るなり、アーカイブから持ってくるなり、することの方が多い。

つまり、あらかじめ、撮るものは決まっているし結論もあらかた決まっている。

 

こんなかんじのものが撮れるかな、と脳内のイメージだけで撮り始めることや、何が撮れるか分からないけれど、ある事象にカメラをむけてみよう、なんてことは限りなく少ない。そもそも、プロと呼ばれるお金が介在する場合は、「とにかく撮る」なんてこともない。

「とにかく撮る」というところから、始められないということは、映像業のもっとも不幸なことであるけれど、その不幸はデフォルトになって、もはやスタンダード。

とにかく、紙に書かれた事通りのものが撮れてつなげて、優秀とされる。

目の前の事象よりも、机上が優先なので、目の前ですごいことが起こっても面白いことが起こっても、そこにはフォーカスされない。ただ、事前の予定と違うとされるだけで、むしろNGだったりする。

「とにかく撮る」そうしたら、予期せぬ発見と出来事が待っていたなんて、ドキュメンタリー的最上の時間がおこりにくくなっている。

もしくは、起こっていても誰も気づかなくなっている。

 

とにかく、面白そうだから、撮ってみたらってことに、お金が動きにくい状況は、ほんと不幸だし、それが常態化したら、机上で考えた事に今まで撮られた映像を貼り付けて、なんら新味のない、答え合わせのような映像ばかりになる。

自分で書いたものに、映像あてはめて自分で答案つくって、一体なにが楽しいのだろうか。