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田無日記

映像編集者 1977年生まれ

世界のどこにでもいける

堀江貴文さんの、君はどこにでも行ける、を読んでると、ちゃんと世界の状況がわかる。
日本は経済や成長という意味では斜陽であり、衰えているという現実とむきあうべきことがわかる。好調である中国やアジアと、いい形で組んで、それを乗り切っていくべきなのも分かる。
しかし、それが、50歳より上の世代の人には分かるのかどうか、分かったとしても、受け入れられるのかどうか、心許ない。
明るかった自分達の青春から壮年までを思い返し、今がダメなのは、若者がたるんでるからだと、歪んだ責任転嫁、歪んだ状況認識を改めることもないかもしれない。
僕のような30代後半の人間からすると、もう、先行世代の旧態依然とした感覚には、諦めしかないから、自分達でなんとかしたいと思うけれど。権利権力を持ち、それを守り続けているのが先行世代なので、難しい部分もある。
それでは、10〜20代と一緒に、と思ったりするけれど。不思議なことに、彼らにはあまり、不安や不満がないようにもみえる。
それは、生まれた頃から、緩やかな下り坂のなかにいるからなのか。
大きな希望を持たないようにされ、日々それなりに楽しく廉価な消費物が享受でき、時間がつぶされる、すごく心地のいい湯のなかにいるから、一種の骨抜きになっているのか。
スマホ一台で、色々な欲求が充填されるとしたら、昔の世代より、はるかに感覚を管理されやすいのではなかろうか。
50代が、過去の栄光を下り坂のなか維持したり、日本はすごいという幻想を強固にするなかで、育つ10〜20代は、もしかしたら、なにも考えなくても、平和で楽しく豊かで、人類史上一番恵まれているかもしれない。ただ、それは目を日本の外に極力むけないようにすることで、成立している、ほんのある期間の事にすぎないという、そういう認識がないと、まずい。
堀江貴文さんの世代あたりから少し下や上には、そういった世界認識のもと、活動する人もいる。
そういう活動に、今の中学生や高校生が感化されてしかるべき、状況がうまれないと、10年後、こんなはずじゃなかったと、被害者意識に凝り固まった30代が沢山うまれるのではないか。その被害者意識は、外への攻撃として発露されるのではないかと、恐ろしい気がしてならない。