読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

田無日記

映像編集者 1977年生まれ

すべてが、なにかのせい

いま、この時代こそが、もっとも、「お互い様」が通じない、「自己責任地獄」の世界なのではないか。

「自己責任」と「誰かのせい」に、すべての仕事関係、人間関係が、収斂されていく。

すべての人間が、責任をおいたくなくて、誰かのせいにできないか、ずっとそんな状況で生きている。

子育てにしても、子供がダメなのは、きっと「なにか」のせいなのだ。なんならすべて子供の自己責任。

仕事も、結果を出せる能力がある人間が絶対なので、常にお互いに評価査定し続ける。

お互いの欠点を補いあうのではなく、役に立つか、立たないか。勉強ができ、役に立つと認定された人間が必死に、そこから落ちないように生きながら、役に立つ人間と立たない人間を選別し続ける。

エンタメですら、お金をうむかうまないか、で役に立つか立たないかが決まる。

でもそもそも、自己責任にも、誰かのせいにも、しなくていいはずなのに。

 

役に立たない人間は、自己責任で、そこにいるのだから、努力や能力が足りないのであり、社会の荷物であると、生きているとどこにいっても思わされる。

収入や住処、仕事内容、生活の質、交友関係、なにからなにまで劣っていると、リアルにネットに限らず、追いやられる。

とくに東京では、お互い、できることをやって、一緒に生きていこうなんて、どの世代も思っていない。

家族ですら、会社ですら、親としての役割、社員としての役割を、常に満たすことが念頭にあり、個々人の個性や人生の趣味嗜好なんて、無視。趣味嗜好も満たし、仕事も親もできて、当たり前という感じだ。

そりゃ、未婚も自殺も増える。

しょうがないよね、お互い様だよね、の通じない世界。辛すぎる。

とにかく、自分は「やっているという立場」にいるという前提で、他人との関係が結ばれている限り、地獄でしかない。

相手の「自己責任」を永遠に指摘し続ける地獄。