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田無日記

映像編集者 1977年生まれ

祝祭的空間

思えば元来、人が大勢集まるところは苦手で、わりとさけてきた自分が、なぜか2015年、初めてフェスに出かけた、それも2回。

不思議なことだ。

なんでだろう。

そもそも、出不精で、出かけても映画館か美術館がせいぜいだったのに。

まあ、ひとつには、人生の残りが減っていくなかで、やり残したこととして、行ってみたい!という思いがあったからなわけではある。ライブだって、旅行だって、時間と、お金があれば行きたいさ。

それを叶えてみただけともいえる。

でも、叶えてみて、思った以上に楽しいのは、フェス空間の心地よさ。

小さなところでは、スリや痴漢、喧嘩、事故もあるのだろうけれど、とにかくベースにあるのは、ウッドストックの頃から変わらない、愛と平和、な気分というか。おいしい食べ物と楽しい音楽。

そこには、思想や信条、貧富も、一見ないかのような時間が存在する。

音楽をみんなで聴いて、わー!!ってやる、それだけで人間同士けっこう、たのしく仲良く生きられるのではなかろうかと錯覚するような時間空間がある。

それが、なにより、きな臭い世間や、老化する自分や、日常の憂鬱から、離れて、心地いい。

とかく、世の中は、なに派なのか!右か左か、賛成か!反対か!、そんな両極端な話が多いし、はっきりいって、どこをみても、未来がよくなる感じがしない。そして、それを直視しろ、っていうのが大人な態度かもしれない。

だから、フェスは現実逃避かもしれないし、単なる一瞬の夢、儚い時間と空間なのは、百も承知。でも、フェス空間はいい。

少しでも、日常や未来が、フェス空間に近くなれば、もっと楽しいのかもしれない。

みんなで、集まって音楽をきいて、おいしいものを食べれば、いいんだ、という時間空間が存在することを確認するだけでも、明日を生きる希望がもてる。

喜納昌吉さんがいう、すべての武器を楽器に、という言葉は本当だな。