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田無日記

映像編集者 1977年生まれ

なぜ、「勝手に」食べるのか…。

俗に「ホウレンソウ」と言われる、報告、連絡、相談、という社会人のルール的なことがある。
そして、わりとこれが出来るか、出来ないか、というのは重要で、とりあえず、出来ないより出来たほうがいい。
なので、子供の時より、練習しておくべきだろう。
で、うちの子供は、これがまったく出来ない。
とにかく、うちにあるものを手当たり次第に食べてしまうので、食べる時は連絡して相談して、と何年もの間言い続けているのだが、2015年6月7日現在、中学二年生にして、まったく出来ない。
誰のお菓子であろうと、食材や飲み物であろうと、欲求に負け、誰にも相談も連絡もなく食べる。ましてや、報告などしないから、その食材やお菓子がなくなっていることに気づくのが、数日後、その食材やお菓子が必要な時であったりして、往々にしてトラブルになる。結果、毎度同じように怒られるのに、延々同じことを繰り返すのは、バカなのか、サイコなのか。正気を疑う。
心理として考えられるのは、腹が減った食いたい、なんか美味しそうなものがある、でもこれを食べる許可をとるのが面倒臭い、もしかしたらダメっていわれるかもしれない、それで食べられなくなるのが嫌だから、とにかく食べてしまえ、気づかれなければラッキーだし、怒られたらそれでいいや。
きっとそういう心理なのだろう。
幼児の頃より、勝手に食べたお菓子の空き袋を机の中やタンスの中に隠すように詰め込んでいたが、これはいまだに中学2年生になっても続いていて、勝手に飲んだ空き瓶やお菓子の袋が山のように発見されて慄然とする。
普通に考えれば、ゴミ箱に捨てた方が見つかる可能性は低いし、衛生的にもそうしてほしいわけだけど、それが出来ないのか、心理的にしないのか、分からないが。どこかで見つかって怒られることすら期待しているのかもしれない。
幼児が親の愛情を試すためにする愛着行動なのか、自分の欲求を自分の行動で解決処理する能力が未熟なのか。
とにかく、分からないのは、勝手に食べたらヤバいだろうということがあきらかなものに対しても、抑制がきかないことで、相談や連絡で、それを乗り切ろうという努力も出来ず、食べてしまったことを報告することもなく、ただただ欲求に抗えないのだとしたら、社会人として仕事どころか、他者と暮らしたり、世間のなかで生きて行くことが出来ないのではないかと心配を通り越して不安になる。
人のものを勝手に食べてはいけない、ということが理解できないサイコパスなのではないか。毎回、反省するふりをしているだけで、その実、一体、なにが悪いか分かっていないのではないか。そう考えると暗澹としてくる。まったくどうしたらいいか、正直、分からない。