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田無日記

映像編集者 1977年生まれ

気づかぬうちに、越えてるかもしれず

希死念慮。死にたいとか、まあ、わりとライトに毎日、数度は思うわけですが、それをもって、希死念慮というほどのこともないだろうというのは自己判断。しかし思わぬほどの深みに実は自分の精神があった、なんていうこともあるやも知れず。
数値に出来ない、気持ちや気分の問題は難しい。自分で自分の決壊水位も分からない。
思い出すのは、野村進さんの書いた救急精神病棟。ある日、ふいに狂った人たちが、運ばれてくる病院の実話だ。
スイッチが、パチンと入るのか落ちるのか、わからないが、ふと狂ったり、ふと死んだり、そんなことのないという保証もない。

40にして惑わず、など40歳で不惑などというけれど、これは、むしろ思い切り、迷い苦悩するので、不惑だよ大丈夫だよ、というおまじないのようなことなんだろう。
現代において、歳を重ねることほど、恐ろしいことはないし、実際によいことはないと、思われる。

ダメだ、死ぬ、と、ライトに気軽に思っていたのが、いつのまにか、水位や境界を越えてしまっていて、よろしくない世界にいることもあるやも知れず。
気軽な希死感も、飼い慣らしてるつもりが、呑まれてるやも知れず。

加齢と疲労は、この境界を越えやすくするし、そこに、失職や病気が加われば、より危ないな、と思う今日この頃。