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田無日記

映像編集者 1977年生まれ

現在の卒業式が、25年前の自分の頃の卒業式と、ほとんど寸分違わなかったということに、伝統うんぬん以前に、寒気がする。

変わろうよ。

 

これだけ、世の中が変わってきても、式の形式を変えずにおくことにどれだけの意味があるんだろう。

そして、なにより、式ってすべてが表面的で形式的で、むしろ、本当にめでたいことなのか、なんなのか、分からなくなる。

だって、毎年ずっと同じようなことをしてるだけなんだから、毎年だれが、どんな子たちが、卒業しようが、一緒ってことでしょう。

毎年、同じような集団として扱われ、次に送りだされるにすぎない、そんな式になんか、有意義な何かを感じられるのかしら。 

 

 

といっても、泣いてる女の子とかいたから、いいのかね、節目ということだけでも。

個々人には、それぞれに違う式の響き方があるのかしら。 

ぼくは、なにか進行や決まりのある式というものが、個人的には嫌いなだけなんだろうけれど。

 

ほんと、どんな式も、式は式にすぎない、形骸であるように思われて仕方ないのであります。

 

つくづく人頼み。

中学生の頃より自意識過剰で、屈託にとりつかれ、のびのびと生きられなかった自分は、母の助言、誘導によってなんとか、映像の専門学校に、入り、わりと真面目に通ったものの、屈託なく、講師や先輩に仕事を斡旋してもらうこともなく、新聞の求人欄で応募した会社の面接にむかい、でもそこは、同じ学校の卒業生が作った会社で、偶然ながら、神の計らいかというぐらいのもので、そこで働き、長年がたつ。

そして、その長年の労働をなしえたのは、学校の同級生にして、妻である、その存在なくして、続き得たものではなく、彼女との子供、家庭なくして、自分の人生はなかったな、と断言できる。

 

自分の人生が、なんとか、カタチあるものとして、今まで継続できたのは、母親と妻のおかげでしかないと、かなり断言できることに、ふるえた。

恩返しなど出来ず、我が身の都合のよいように、母や妻を利用し、生きてきたわけでもあり、ほんと、申し訳ないかぎりだ。

 

母は死んでしまったし、妻に対しては自分はなにが出来るのか。わかんない。

集団を移っても同じことな気がする

辛い時に、なにを拠り所にするかは、人それぞれだから、なんとも言えないけど。

個人的には、辛いからといって、神に頼るのは、それこそ神を無自覚に商売にしている人達の思うがままであるような気がする。

神や宗教は、優しい、いつも話をきいてくれ、赦しを与えてくれる。

辛いからといって、神に祈る、頼るのは本当に大きな間違いだと思う。

でも、今のこの状況が辛いとなれば、なにに頼れば辛さから逃げられるか。そこでの宗教は強いだろう。

なので、一時的には宗教に頼って、辛さは和らぐかもしれないけれど。辛さがふたたび、積もり、宗教でも解決できなくなったら、どうするのか。また、どこかに、その辛さを解消してくれる何かを探すのか。でも、そうやって、解決を外側に求め続けても、根本的な解決がのぞめるわけはなくて、その実、相手に都合のいい、かりそめの解決しか与えられないのは、自明のこと。宗教団体は、あくまで集団の利益が先だから、結果的には、人間個人の辛さを永劫に取り除き続けるなんてことはない。

なんで、ひとりで苦しみ、死ぬしかないわけで、事務所から逃げて宗教団体にいっても、なんにも解決しないとしか思えないのが、残念すぎる。

ただ、仕事をやめたらいいだけなのに。

頑張れっていわれても。

40近い自分は、15歳ぐらい歳下の人とも、呑むような機会もある昨今では、やはり彼らの先行世代、50代より上の人達への冷ややかな思いというのを感じざるを得ず。

心底、明るい未来や、頑張れば給与があがる、という事を信じる事が出来ない状況があるのに、年輩の人は、とにかく頑張れば良いのだ、としか言わず。自分は高額な給与や保証をいただいて、余生を逃げ切ろうと画策しているであろうことは、丸見えなのであり、若者は、それをみて大いにシラけるし、不満であり、「いまの若者は」とか「俺の若い頃は」とか、言われても、いまは時代が違うんだよ、ジジイって話なのであって、どう転んでも若者にヤル気を持たせるなんてことはかなわない。それは、当たり前だ。なんで、老人は自分の時代の尺度でいつまでも生きるのだろうか。

 

若者は一斉に会社を辞めて、働くのをやめて、既得権益者が既得を手放すまで粘り強く、働かないのが良いような気がする。

いい大学に入って、就職活動なんていうコースの意味のなさを自覚して、みんなドロップアウトして、社会や大人の言う事をきかなければいいのかもしれない。

頼ってはダメ

会社に所属して、給与を黙っていても貰える若者が、会社の文句をいい、仕事をさぼり、嬉々としている様子をみると、心底心配になる。

会社なんていうのは、基本的には近代の虚構であって、絶対のものでもないし、そこにおのれの人生を託すなど間違ってもしてはいけないのに、就職して給与が貰える事に安心して、おのれの能力の多寡を振り返り、増強することもなく、ただただ、与えられたことをこなし、それが辛いと、文句を言う。

自分が飼われた存在という事に思いが至らず、自分の能力をフラットに評価してみることもせず、不満だけをあげつらう存在に成り下がるのは、マジにヤバい。

それは、家庭にも同じことがいえて、子供が親の能力に乗っかって、生きていけるなどと勘違いしてる姿をみるにつけ、絶望する。

10代は、とにかくおのれの無能さに打ちのめされ、親を超え、世の中で秀でるべく確乎する時期だとおもうけれど、そうではなく、どのぐらい親のスネを齧れるか、そればかりを考えざるを得ない状況にあるようにもおもう。

 

既存のなにかを、頼みにして生きることほど、危険極まりないことはないのに、世の多くの若者は、既存の枠にハマろうと躍起になっているようにもおもえ、危険だと思う。

以降、の小説

震災以降、なんとなくではあるけれど、小説をあまり読まなくなっていた。

それは、やはり現実が想像をこえるものだと痛感したから、ということもあるからだろう。実際のところ、あのような、津波がくるなどと夢にも思ってなかった、おのれの底の浅い現実認識を目の当たりにしたら、やはり創作などと思っていられないところもあった。

 

しかし、それでもなお、小説が消えてなくならないのには、やはり、確固たる理由がある。

小説は、現実を乗り越えるために、常に更新され続けなければ、ならないものだという認識が、どこかしらあるからだろう。 

常に、現実を凌駕すべく、小説を更新すべく、奮闘する小説家の姿は、僕には英雄におもえる。

 

いくら圧倒的な現実があっても、そして、その圧倒的な現実になんら太刀打ちが出来ないとしても、太刀打ちが出来なければ出来ないほど、それを乗り越えるには、小説という純粋培養な虚構が必要である気が、する。

 

現実の圧倒的なチカラを乗り越えるための、虚構のチカラ。

それが、小説や、あらゆる表現行為であって、そういった行為こそ、生きる行為とイコールでもあると感じる。

 

個々の人間が自然の脅威や、戦争に対して、物理的に出来る事は、本当に微々たるものでしかないと、諦念を持って生きざるを得ない状況で、小説を書くなどという行為が、本当にほとんど、沈黙し続けるみえない何かに訴え続けるような行為で、虚しくも、個人ができる最高の行為であるように思う。

 

そういった文脈において、村田沙耶香さんの小説は、なんか、虚飾を排した人間の有様を書いていて、震撼とした。

形勢逆転はほとんどなくても。

年が明けても、おもえば、さほどめでたくもなく、この先も永遠に働かないとならない事が憂鬱なだけで、回避もできず。

どうしたらいいか、と考えるに。

死ねよ、って話でもあって、わりと、死ぬのは手っ取り早い。どのみち、行く先は、死、であるわけで。

それまでの、時間の問題であるならば、その時間が長くても、幸せとは限らない。

残されている時間の大部分が、つらいものになるならば、早くに死ぬ方が、幸せである、という考え方はあり得る。

死んだほうがマシ、という言葉があるけれど、どうせ死ぬのだから、いま死なせて、と言うことは客観的にあり得るのではないか。

 

しかし、それでも人間がなお、なかなか死なないのは、一発逆転、形勢逆転の、楽しい生、が生きていればあるかもしれない、という事をあきらめきれないからで。

でも、きっと、そんな形勢逆転は、ほとんどない。

 

もっと人生がよくなるかもしれないと思い続けて、死なない選択をして、つらい今を乗り越え続けることに、疲れ果てることのほうが、普通な気がする。